Don't cry baby,please !!

少女フェミニストの備忘録

女はいちど死ぬ。――※ネタバレ注意 あずみさんの『解放弦』『愛の夢』『ワスレナウタ』の備忘録

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 鼠の小説には優れた点が二つある。まずセックス・シーンの無いことと、それから一人も人が死なないことだ。放っておいても人は死ぬし、女と寝る。そういうものだ。

村上春樹 『風の歌を聴け』 講談社文庫 p.26

  あずみ(https://twitter.com/azumi_magenta)さんの『解放弦』、『愛の夢』、『ワスレナウタ』を今日読了致しました。5月の文学フリマで購入してから、ずいぶんと経ってしまいましたが、美しい文体も、可愛らしい比喩もそっちのけで『ワスレナウタ』を最後まで読むと胸が苦しくて、「ああ、神よ」と本気で口にしました。

 『解放弦』、『愛の夢』、『ワスレナウタ』はファンタジー百合の連作です。

 アンジェリカという国ではひとりの『天使』と呼ばれる歌姫がいました。歌姫・レシカとレシカに仕えるジラの愛と才と死を交えた三部作です。

 私は長いこと、『ワスレナウタ』を読むことが出来ませんでした。なにかとてつもない試練を『ワスレナウタ』では書かれているような気がして、元気なときに読もうと、ずっと取って置き、今日一気に読んでしまいました。

 あずみさんの文章は美文です。それよりも早く、早く先が読みたいと焦って文章が楽しめませんでした。

 この三部作は竹宮恵子さんの『風と木の詩』を私は連想させられました。本当に、純粋という言葉はレシカのためにあるのだ、と私はオーギュスト・ボウ氏に代わって言うでしょう。地上の姿は仮の姿で、レシカは本当の意味で天使だったのです。

 私のお気に入りのキャラクターはノーマです。レシカのお針子で、ジラを責められる、唯一のキャラクター。そうそう百合はこうでなくては! という典型的なキャラクターです。愛おしい。

 盛大なネタバレになるのですが、レシカは死にます。まさしくその点において彼女は天使だったのです。

 私も百合文字書きのはしくれとして、今まで自分に課してきたことがありました。それが冒頭の春樹の引用です。私は拙作のなかで女の子を殺したことはないし、セックスも匂わす程度の描写だけ書くように専念してきました。しかし果たしてそれが正しいことなのか? ということをあずみさんの三部作から読み取らせて頂きました。

 人は死ぬし、セックスもする(あずみさんの三部作では性描写は全くありませんが)。ボーヴォワールの有名な「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」という言葉がありますが、「女になる」前は一体何だったのだろうと考えて、それは幼少であり子どもであり、少女です。女になるには、少女は死ななくてはなりません。その重荷を象徴的にあずみさんが書いたのがレシカの死でした。

 私は自問します。死を書かないことが正しいのか誤りなのか。この問いは私自身の呪いのようなものでもあります。ただひとつ言えることは「私の書けない百合をあずみさんは書いて下さった」ということです。

 ジラは非常に現世的です。レシカの死を受け入れるところでこの三部作は終わっています。ジラは、『風と木の詩』のセルジュがジルベールを忘れることなくピアノを弾き続けるように、レシカのことを忘れることなく歌い続けるのだろう、と連想させるところで終わっています。愛と才能で結ばれたジラとレシカは悲劇的ではありますが、女性なら一度は経験する少女の喪失を受け入れて、大人になっていくのです。最終作『ワスレナウタ』とは非常に暗示的です。ジラはレシカとレシカの歌の才能のことが決して忘れられないでしょう。

 長々と書き連ねましたが、私におおきな課題を残したあずみさんの三部作。これからも私は真摯に向き合わなくてはなりません。